企業型DCにおける選択制DCの導入と活用の戦略:税制メリット最大化と拠出計画の最適化
企業型確定拠出年金(企業型DC)は、従業員の老後資産形成を支援する重要な制度として広く普及しています。その中でも「選択制DC」は、特に従業員の主体的な資産形成意欲を促し、企業側にも従業員側にも税制上のメリットをもたらしうる仕組みとして注目されています。本記事では、企業型DCに深いご理解をお持ちの皆様に向け、選択制DCのより実践的な側面、すなわち導入・活用の戦略と税制メリットの最大化、拠出計画の最適化について詳細に解説いたします。
選択制DCとは何か?
選択制DCは、給与規程等に基づき、給与の一部を「確定拠出年金への掛金」として拠出するか、あるいは「従来の給与」として受け取るか、従業員自身が選択できる企業型DCの形態です。通常、この選択の対象となる給与部分は「ライフプラン手当」「選択給」などと呼ばれます。
従業員が掛金として拠出することを選択した場合、その金額は給与から差し引かれてDCの運用指図に回されます。この掛金は、原則として従業員の給与所得として課税されず、社会保険料の算定基礎からも除外されるという大きな特徴があります。
選択制DC導入の企業側メリットとデメリット
選択制DCを導入することは、企業側にとっても従業員満足度の向上だけでなく、コスト面や運用面での影響があります。
企業側メリット
- 社会保険料負担の軽減: 従業員が給与の一部をDC掛金として拠出することを選択すると、その部分が社会保険料の算定基礎となる標準報酬月額から除外されるため、企業が負担する社会保険料(厚生年金保険料、健康保険料、介護保険料など)が軽減されます。これは、企業にとって継続的なコスト削減につながります。
- 退職給付債務の安定化: 選択制DCの掛金は確定拠出型であるため、将来の給付額が運用成果によって変動する退職給付債務と異なり、企業側の拠出負担が明確で安定します。
- 従業員の資産形成支援強化: 福利厚生としての企業型DCに、従業員の自発的な拠出(マッチング拠出や選択制による拠出)の機会を提供することで、従業員の老後資産形成への意識向上と支援強化を図ることができます。
- 優秀な人材確保・定着: 従業員のニーズに応える柔軟な報酬制度として、選択制DCは採用競争力や従業員の定着率向上に寄与する可能性があります。
企業側デメリット・考慮事項
- 制度設計・導入コスト: 既存の給与規程や退職金規程の見直し、DC規約の変更、従業員への十分な説明と周知など、導入には一定の時間、労力、コストがかかります。専門家(社労士、DCコンサルタントなど)への依頼が必要になる場合もあります。
- 従業員への継続的な情報提供・教育: 選択制DCのメリット・デメリット、拠出額の選択、運用方法について、従業員が正確に理解し、適切な判断ができるよう、継続的な情報提供や投資教育が不可欠です。特に、拠出を選択しなかった場合の将来的な老齢厚生年金の減少リスクなども含めて説明する必要があります。
- 標準報酬月額減少による影響: 従業員が掛金拠出により標準報酬月額が減少すると、企業負担の社会保険料は減りますが、同時に従業員の将来の老齢厚生年金受取額も減少する可能性があります。この点は従業員への説明において重要です。
従業員側の税制メリット最大化と拠出計画最適化
選択制DCの最大の魅力は、従業員側が得られる税制上のメリットです。特に所得水準の高い従業員にとって、その恩恵は大きくなります。
税制上のメリット詳細
従業員が選択制DCで掛金を拠出することを選択した場合、その掛金は以下の税制メリットを享受できます。
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掛金拠出時:
- 社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料など)の軽減: 掛金拠出額が給与所得とみなされないため、標準報酬月額の算定から除外されます。これにより、従業員負担の社会保険料が軽減されます。社会保険料率は所得に応じて一定率で課税されるため、所得が高いほど軽減額は大きくなります。
- 所得税・住民税の軽減: 掛金拠出額は所得税・住民税の課税対象となる給与所得から控除されるため、所得税・住民税が軽減されます。所得税は累進課税であるため、所得が高い(税率が高い)ほど軽減額は大きくなります。
シミュレーション例(概念図として): 例えば、毎月3万円を選択制DCで拠出する場合(年額36万円)、所得税率20%、住民税率10%、社会保険料率15%(概算)と仮定すると、 * 所得税・住民税の軽減額: 36万円 × (20% + 10%) = 10.8万円/年 * 社会保険料の軽減額: 36万円 × 15% = 5.4万円/年 合計で年間16.2万円の税・社会保険料負担が軽減されることになります。これはあくまで概算であり、個人の所得水準や居住地の税率、加入している健康保険組合の料率等によって変動します。
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運用時:
- 運用益の非課税: DC口座内で発生した運用益(利息、配当、売買益など)はすべて非課税で再投資されます。これは、運用期間が長期にわたるほど複利効果を通じて大きな差となります。
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受取時:
- 退職所得控除または公的年金等控除の適用: DC資産を一時金で受け取る場合は退職所得控除、年金で受け取る場合は公的年金等控除が適用されます。これらの控除は金額が大きく設定されており、多くの場合、受取額に対する税負担は大幅に軽減されます。
拠出計画の最適化戦略
選択制DCを活用する上で、従業員側は自身の資産形成目標、家計状況、そして他の資産形成制度との関係を考慮して拠出額を最適化する必要があります。
- 拠出限度額の確認: 企業型DCの拠出限度額は、他の退職金制度(確定給付企業年金[DB]や厚生年金基金)の有無によって異なります。DB等がない場合は月額5.5万円(年額66万円)、DB等がある場合は月額2.75万円(年額33万円)が原則的な上限です。選択制DCで拠出できる金額は、この企業型DC全体の拠出限度額の範囲内となります。企業によっては、この上限内で従業員が拠出できる金額に独自の制限を設けている場合もありますので、自社の規約を確認することが重要です。
- iDeCoとの関係: 企業型DCの加入者は、一定の要件を満たせばiDeCo(個人型確定拠出年金)にも加入し、掛金を拠出することができます。ただし、企業型DCとiDeCoの両方に加入する場合、それぞれの拠出限度額に影響が出ます。特に、企業型DCでマッチング拠出をしている場合や、企業型DCに加入しているだけでiDeCoに加入できないケース、加入できてもiDeCoの拠出限度額が月2万円(年24万円)に制限されるケースなどがあります。選択制DCで企業側の掛金(事業主掛金)がない、または非常に少ない場合は、iDeCoを併用することで、より多くの金額を税制優遇を受けながら積み立てられる可能性があります。自社の企業型DC規約や、iDeCo加入要件を確認し、自身の拠出計画を立てることが重要です。
- 手取り収入とのバランス: 選択制DCで多くの金額を拠出すると、その分手取りの給与は減少します。現在の家計状況や、住宅ローン返済、教育費などの支出計画を考慮し、無理のない範囲で拠出額を設定することが大切です。将来の老齢厚生年金の減少も考慮に入れ、自身のライフプラン全体で判断する必要があります。
企業側の運用・改善ポイント
既に選択制DCを導入している企業や、導入を検討している企業は、制度が従業員に最大限活用され、企業側のメリットも享受できるよう、いくつかの運用・改善ポイントがあります。
- 従業員への丁寧かつ継続的な情報提供: 選択制DCは従業員自身の選択に基づきます。制度の仕組み、税制メリット(特に社会保険料・所得税・住民税の軽減効果)、デメリット(手取り減少、将来の老齢厚生年金への影響など)を、従業員の属性(年齢、所得水準など)に合わせて分かりやすく伝えることが重要です。導入時だけでなく、定期的な説明会や個別相談の機会を設けることが効果的です。
- 運用商品の見直し: 従業員がより積極的に運用に取り組めるよう、提供されている運用商品のラインナップが従業員のニーズやリスク許容度に合っているか、定期的に見直すことも検討が必要です。低コストで多様な商品を提供することが望ましいでしょう。
- 掛金額変更機会の柔軟化: 規約にもよりますが、年1回など、従業員が拠出額を見直せる機会を設けることが、個々のライフプランの変化に対応するために有効です。
- マッチング拠出との組み合わせ: 選択制DCだけでなく、マッチング拠出(事業主掛金に対し、従業員も自身の給与から上乗せして拠出できる仕組み)も導入することで、従業員の拠出意欲をさらに高めることができます。ただし、マッチング拠出は社会保険料の軽減効果はありません。
法改正の影響と今後の展望
企業型DC、特に選択制DCに関連する法改正は、制度の使いやすさや普及を促進する方向で進んできています。例えば、iDeCoとの併用条件緩和や、企業型DC加入者のiDeCoへの加入要件の見直しなどが過去に行われています。
今後の法改正についても、従業員の資産形成を後押しする観点や、他の年金制度との連携強化などが議論される可能性があります。常に最新の情報を確認し、自社の制度が法改正に対応しているか、また、法改正によってより有利な制度設計が可能にならないかなどを検討していくことが重要です。専門家(厚生労働省や金融庁のウェブサイト、信頼できるコンサルタントなど)からの情報収集が不可欠です。
まとめ
企業型DCにおける選択制DCは、企業にとっては社会保険料負担の軽減、従業員にとっては所得税・住民税、社会保険料の軽減という大きな税制メリットをもたらす制度です。特に所得水準の高い従業員層にとっては、手取り収入の最適化と効率的な老後資産形成の両立を可能にする有効な手段となりえます。
しかし、そのメリットを最大限に享受するためには、制度の仕組み、税制効果、拠出限度額、iDeCoとの関係性を正確に理解し、個人のライフプランに合わせた計画的な拠出が求められます。企業側も、制度設計、導入、そして従業員への継続的な情報提供と投資教育に力を入れることが、制度の成功に不可欠です。
企業型DCの専門家として、皆様が選択制DCを含む企業型DCを深く理解し、ご自身の、あるいは従業員の皆様の老後資産形成に最大限に活かしていただけるよう、正確で実践的な情報の提供に努めてまいります。今後の法改正の動向にも注視し、常に最新の情報をお届けしていく予定です。