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企業型DCの受け取り戦略:税制優遇を最大化する一時金・年金選択と他の退職金制度との連携

Tags: 企業型DC, 退職金, 税制優遇, 一時金, 年金, iDeCo, 出口戦略, 確定拠出年金

企業型DCの受け取り戦略:税制優遇を最大化する一時金・年金選択と他の退職金制度との連携

企業型確定拠出年金(企業型DC)は、老後の資産形成の重要な柱の一つとして多くの企業で導入されています。特に50代を迎え、積立期間が長期にわたる加入者の方々にとっては、積み立てた資産をどのように受け取るか、いわゆる「出口戦略」が喫緊の課題となります。受け取り方法の選択は、手取り額に大きく影響する税金の問題や、他の退職金・年金制度との兼ね合いを考慮する必要があり、非常に複雑です。

本稿では、企業型DCの受け取り方法における税制上の取り扱いを中心に解説し、退職一時金やiDeCoといった他の制度との連携による最適な受け取り戦略について掘り下げていきます。

企業型DCの基本的な受け取り方法

企業型DCの積立金は、原則として60歳以降の「受給開始年齢」から受け取ることができます。受給開始年齢は、通算加入者等期間によって異なり、最長で75歳まで受け取り開始時期を繰り下げることが可能です(2022年5月の法改正により、受給開始年齢の上限が70歳から75歳に延長されました)。

受け取り方法は、主に以下の3つがあります。

  1. 一時金として受け取る: 積立金全額または一部をまとめて受け取る方法です。
  2. 年金として受け取る: 積立金を複数回に分けて、定期的に(例えば5年や10年といった期間で)受け取る方法です。
  3. 一時金と年金の併用: 一部を一時金で受け取り、残りを年金として受け取る方法です。

これらの受け取り方法を選択する上で、最も重要な要素の一つが税制です。一時金で受け取るか、年金で受け取るかによって、課税される所得の種類や計算方法が大きく異なります。

受け取り方法ごとの税制比較

1. 一時金として受け取る場合の税制

企業型DCの積立金を一時金として受け取る場合、「退職所得」として扱われます。退職所得は、他の所得(給与所得など)とは分離して課税される「分離課税」の対象となり、税負担が軽減されるように設計されています。

退職所得の金額は、以下の計算式で求められます。

退職所得金額 = (一時金受け取り額 - 退職所得控除額) × 1/2

ここで重要なのが「退職所得控除額」です。この控除額は、企業型DCの「みなし勤続年数」(加入者であった期間や運用指図者であった期間などを合算した期間)に応じて計算され、長期にわたる加入ほど控除額が大きくなります。

例えば、みなし勤続年数が30年の場合、退職所得控除額は「800万円 + 70万円 × (30年 - 20年) = 800万円 + 700万円 = 1,500万円」となります。仮に企業型DCの積立金が2,000万円であれば、退職所得金額は「(2,000万円 - 1,500万円) × 1/2 = 500万円 × 1/2 = 250万円」となり、この250万円に対して所得税・住民税が課税されます。

注意点: 退職所得控除は、同じ年に複数の退職金(企業の退職一時金、中小企業退職金共済など)を受け取る場合や、過去に退職金を受け取ったことがある場合に、注意が必要です。具体的には、

2. 年金として受け取る場合の税制

企業型DCの積立金を年金として受け取る場合、「雑所得」として扱われ、「公的年金等の雑所得」に該当します。この所得は、公的年金(国民年金、厚生年金など)や他の確定拠出年金(iDeCo)、確定給付企業年金(DB)などから受け取る年金と合算され、課税対象となります。

雑所得の金額は、公的年金等控除を差し引いて計算されます。公的年金等控除額は、年金の合計収入金額と受け取る方の年齢(65歳未満か65歳以上か)によって異なります。

例えば、65歳以上で、公的年金と企業型DC年金の合計収入が年間200万円の場合、公的年金等控除額は110万円(年金収入110万円以下なら全額、110万円超330万円未満なら年金収入の額から110万円を差し引いた額)。この場合、雑所得は「200万円 - 110万円 = 90万円」となり、この90万円が他の所得(給与所得など)と合算されて「総合課税」の対象となります。

注意点: 年金受け取りは、その年の他の雑所得(公的年金、他の企業年金など)の金額によっては、公的年金等控除を差し引いても課税対象額が大きくなり、税負担が増加する可能性があります。特に、高額な公的年金や他の企業年金を受け取っている場合は、企業型DCを年金で受け取ることによる税負担増に注意が必要です。

3. 一時金と年金の併用

積立金の一部を一時金として受け取り、残りを年金として受け取ることも可能です。この場合、一時金部分には退職所得、年金部分には雑所得の税制がそれぞれ適用されます。

この方法は、例えば退職所得控除の枠内で一時金を受け取り、控除枠を超える部分は年金で受け取る、といった税負担を軽減する戦略に利用されることがあります。

他の退職金・年金制度との連携と最適な受け取り戦略

企業型DCの受け取り方を検討する際は、企業の退職一時金制度やご自身で加入しているiDeCo、そして公的年金といった他の制度とのバランスを考慮することが極めて重要です。

退職一時金との連携

多くの企業では、企業型DCとは別に退職一時金制度を設けています。企業の退職一時金も、企業型DCの一時金と同様に退職所得として扱われ、共通の退職所得控除が適用されます。

この場合、退職所得控除の枠を最大限に活用するためには、受け取りの時期や順序が鍵となります。例えば、退職一時金と企業型DC一時金を同じ年に受け取ると、控除枠を合算して計算することになります。どちらか一方だけで控除枠を使い切ってしまう場合、もう一方の退職所得金額が大きくなり、結果として税負担が増える可能性があります。

一般的には、退職一時金と企業型DC一時金を同じ年に受け取るのが最もシンプルですが、過去の退職金受給歴や、それぞれの金額によっては、受け取り時期をずらすことで税負担を軽減できるケースも理論上は考えられます。ただし、これは個々の状況や企業の制度、税法の詳細に依存するため、慎重な検討が必要です。

iDeCoとの連携

ご自身でiDeCoに加入している場合、iDeCoの積立金も、企業型DCと同様に一時金または年金で受け取ることができます。

公的年金との連携

企業型DCやiDeCoの年金受け取りは、公的年金の受給開始年齢や受給額を考慮して検討すべきです。公的年金等控除は、公的年金と企業年金、iDeCo年金の合計額に対して適用されるため、合計額が大きいほど税負担が増加する傾向があります。

例えば、公的年金の受給開始を繰り下げて受給額を増やす場合、その後の公的年金収入が増えるため、企業型DCやiDeCoを年金で受け取る場合の税負担に影響します。逆に、公的年金を受け取り始める前に企業型DCを年金で受け取る、あるいは公的年金等控除枠に余裕のある範囲で年金を受け取る、といった戦略が考えられます。

法改正が出口戦略に与える影響

2022年5月の確定拠出年金法の改正により、企業型DCの受給開始年齢の上限が70歳から75歳に延長されました。これは、高齢期まで働く方が増えている現状を踏まえたもので、退職後も運用を継続し、より長期にわたって資産を成長させる機会が広がったことを意味します。

受給開始時期を遅らせることで、退職所得控除のみなし勤続年数や、年金受け取り時の公的年金等控除の適用状況など、税制上の考慮事項も変化する可能性があります。特に、70歳以降も働いている場合は、給与所得と年金収入の兼ね合いによる税負担への影響を検討する必要があります。

企業側の視点からの提言

従業員の企業型DCの出口戦略は、企業にとっても無関心ではいられない課題です。従業員が安心して老後を迎えられるようサポートすることは、従業員エンゲージメントの向上や、退職後のトラブル防止にも繋がります。

結論:総合的な判断を

企業型DCの受け取り方法の選択は、一時金か年金かという単純な二者択一ではなく、ご自身の他の資産状況、企業の退職一時金やiDeCoといった他の退職金・年金制度、公的年金の受給見込み額、そして将来の働き方などを総合的に考慮した、オーダーメイドの「出口戦略」が必要です。

特に、退職所得控除や公的年金等控除といった税制の仕組みは複雑であり、個々の状況によって最適な選択肢は異なります。本稿で解説した内容を参考に、ご自身の状況を整理し、必要に応じて税理士やファイナンシャルプランナーといった専門家にご相談されることをお勧めします。計画的かつ賢明な受け取り戦略により、これまで積み立ててきた大切な資産を、最も有利な形で受け取ることが可能となります。